わたしたちがだれかを責めるのは、子どもがいなくて腹立たしいからです。
怒りは標的を必要とし、標的を見つけます。
怒りのぶつけどころがあっても歯がゆいのに、ぶつけどころがなかったらますます歯がゆくなります。
怒りの標的ができれば、いやな状況が耐えやすくなります。
だれを責めればいいのかわかると、これは義憤なのだと怒りを正当化することができます。
非難の対象を絞れば、せめて一瞬だけでも、喪失感と悲しみを忘れていることができるのです。
わたしたちがだれかを責める第二の理由は、問題の原因がわかれば問題が解決しやすいと、一般に信じられているからです。
わたしたちに子どもができなかった具体的ですぐに確認できる理由を突き止めれば、解決策が見つかり、状況を逆転させる可能性が濃厚になります。
いえ、わたしたちの愚かな心が、せめてそう信じたいと思っているのです。